読書記録 - 「谷川俊太郎選 茨木のり子詩集」

読書記録 - 「谷川俊太郎選 茨木のり子詩集」

November 4, 2019

前回に続き詩集を読んだ。今回読んだのは「谷川俊太郎選 茨木のり子詩集」。2014 年に岩波文庫から出版。

本書は、茨木のり子の作品の中から、谷川俊太郎が選んだ詩がまとめられているもの。なお、茨木のり子と谷川俊太郎はなんでも言い合える親しい間柄であったようで、谷川はしばしば茨木家を訪ねていたとのこと。

茨木のり子の詩の特徴は、力強さがあり、明快なことである。本書の紹介文では「青春を戦争の渦中に過ごした若い女性の、くやしさと未来への夢。スパッと歯切れのいい言葉が断言的に出てくる、主張のある詩、論理の詩。」と説明されている。

以下、作者紹介に続き、記憶に残った詩を引用する。

茨木のり子 #

茨木のり子(いばらぎのりこ)。1926 年、大阪生まれ。詩人。2006 年没。

記憶に残った詩 #

ぎらりと光るダイヤのような日 #

短い生涯 とてもとても短い生涯 六十年か七十年の

お百姓はどれほど田植えをするのだろう コックはパイをどれ位焼くのだろう 教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう

子供たちは地球の住人になるために 文法や算数や魚の生態なんかを しこたまつめこまれる

それから品種の改良や りふじんな権力との闘いや 不正な裁判の攻撃や 泣きたいような雑用や ばかな戦争の後仕末をして 研究や精進や結婚などがあって 小さな赤ん坊が生れたりすると 考えたりもっと違った自分になりたい 欲望などはもはや贅沢品になってしまう

世界に別れを告げる日に ひとは一生をふりかえって じぶんが本当に生きた日が あまりにすくなかったことに驚くだろう

指折り数えるほどしかない その日々の中の一つには 恋人との最初の一瞥の するどい閃光などもまじっているだろう

<本当に生きた日>は人によって たしかに違う ぎらりと光るダイヤのような日は 銃殺の朝であったり アトリエの夜であったり 果樹園のまひるであったり 未明のスクラムであったりするのだ

「見えない配達夫」(飯塚書店、1958)より

言いたくない言葉 #

心の底に 強い圧力をかけて 蔵ってある言葉 声に出せば 文字に記せば たちまちに色褪せるだろう

それによって 私が立つところのもの それによって 私が生かしめられているところの思念

人に伝えようとすれば あまりに平凡すぎて けっして伝わってはゆかないだろう その人の気圧のなかでしか 生きられぬ言葉もある

一本の蝋燭のように 熾烈に燃えろ 燃えつきろ 自分勝手に 誰の眼にもふれずに

「茨木のり子詩集」(現代詩文庫、1969)より

大国屋洋服店 #

バスが停ると 老人はゆっくり目をあげる 仕事の手をやすめ 乗り降りする客に 目を遊ばせる

バスが学園前で停ると 老いたおかみさんも ゆっくり目をあげる 仕事の手をやすめ夫とともに 乗り降りする客を 見るともなく見ている

仕事は仕立屋 成蹊学園の制服を日がな一日作っているのだ バスが停ると 私もバスの中から老夫婦をみる 見る者はまた 常に見られるものでもある

嫁さんらしい人をみかけることはない まして ちらりともみえぬ 息子 孫の類 身ぎれいな老媼と老爺から 簡素な今宵の献立までが浮かんでくるようだ

二人は二羽の蝶のように ひらひら視線を遊ばせて 目を変化させてから バスが走り去ると また無言で こまかい仕事へと戻るのだ

浄福といってもいい雰囲気を 醸しだしている二人だが 彼らの姿を見た日には なぜか 深い憂いがかかる

憂いのみなもとを突止めたいと 長いこと思い思いしてきたが みどりしたたる欅並木を横にみて 時五時 バス停り 風匂い 二人のまなざしに会ったときだ!

この国では つつましく せいいっぱいに 生きてる人々に 心のはずみを与えない みずからに発破をかけ たまさかゆらぐそれすらも 自滅させ 他滅させ 脅迫するものが在る

二人に欠けているもの 私にも欠けているもの 日々の弾力 生きてゆく弾み みせかけではない内から溢れる律動そのもの

子供にも若者にも老人にも なくてはかなわぬもの その欠落感が 彼らの仕事の姿のなかにあったのだ

「人名詩集」(山梨シルクセンター出版部、1971)より

自分の感受性くらい #

ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

「自分の感受性くらい」(花神社、1977)より

倚りかからず #

もはや できあいの思想には倚りかかりたくない もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない もはや できあいの学問には倚りかかりたくない もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば それは 椅子の背もたれだけ

「倚りかからず」(筑摩書房、1999)より

笑う能力 #

「先生 お元気ですか 我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」 他家の姉が色づいたとて知ったことか 手紙を受けとった教授は 柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか

「次の会にはぜひお越し下さい 枯木も山の賑わいですから」 おっとっと それは老人の謙遜語で 若者が年上のひとを誘う言葉ではない

着飾った婦人たちの集うレストランの一角 ウェーターがうやうやしくデザートの説明 「洋梨のババロワでございます」 「なに 洋梨のババア?」

若い娘がだるそうに喋っていた あたしねぇ ポエムをひとつ作って 彼に贈ったの 虫っていう題 「あたし 蚤かダニになりたいの そうすれば二十四時間あなたにくっついていられる」 はちゃめちゃな幅の広さよ ポエムとは

言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま いとをかしくて 深夜 ひとり声たてて笑えば われながら鬼気迫るものあり ひやりともするのだが そんな時 もう一人の私が耳もとで囁く

「よろしい お前にはまだ笑う能力が残っている 乏しい能力のひとつとして いまわのきわまで保つように」 はィ 出来ますれば

山笑う という日本語もいい 春の微笑を通りすぎ 山よ 新緑どよもして 大いに笑え!

気がつけば いつのまにか 我が膝までが笑うようになっていた

「倚りかからず」(筑摩書房、1999)より

#

朝な朝な 渋谷駅を通って 田町行きのバスに乗る 北里研究所附属病院 それがあなたの仕事場だった ほぼ 六千五百日ほど 日に二度づつ ほぼ 一万三千回ほど 渋谷駅の通路を踏みしめて

多くのひとに 踏みしめられて 踏みしめられて どの階段もどの通路も ほんの少し たわんでいるようで このなかに あなたの足跡もあるのだ 目には見えないその足跡を 感じながら なつかしみながら この駅を通るとき

峰々のはざまから 滲み出てくる霧のように わが胸の肋骨のあたりから 吐息のように湧いて出る 哀しみの雲烟

「歳月」(花神社、2007)より

急がなくては #

急がなくてはなりません 静かに 急がなくてはなりません 感情を整えて あなたのもとへ 急がなくてはなりません あなたのかたわらで眠ること ふたたび目覚めない眠りを眠ること それがわたくしたちの成就です 辿る目的地のある ありがたさ ゆっくりと 急いでいます

「歳月」(花神社、2007)より

感想 #

茨木のり子の、奮い立たされるような(あるいは、自らを奮い立たせなければダメだと考えさせられるような)力強い詩が好きだ。綴られる言葉は明快でありときに荒々しいが、決して他人を蔑むようなことはせず、それらは(作者自身を含めた)人々の背中を押し、より良き未来へと進ませようという、愛のこもった応援歌のように感じられる。

その視線ははじめ、国家や社会の中で生きる人々に向けられており、さいごはもっぱら愛する夫に向けられているが、一貫しているのはそこに深い愛情があることだ。