フィリピン留学準備(?) - 助動詞について悩んだついでに考えたこと
December 11, 2019
前回の記事の最後に記載した通り、現在「English Grammar in Use」というテキストを利用して勉強中です。
今回は、勉強をする中で考えたことをだだ漏らすだけの、誰に向けたわけでもないただの殴り書きです。
could で過去・現在・未来のすべてを扱うという話 #
could の1つで過去・現在・未来のいずれも表す場合がある。
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例:My father could speak five languages.
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訳:私の父は5ヶ国語を話すことができた。
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(説明)We use “could” to say that somedoby had the ability to do something.
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(訳)何かを行うことができたということを表すときに使います。
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例:I’m so tired. I could sleep for a week.
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訳:私はとても疲れているので、1週間寝ることができる。
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(説明)We use “could” for actions that are not realistic.
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(訳)実現性が低い行動を表すときに使います。
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例:I don’t know what time he is coming. He could get here at any time.
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訳:彼がいつ来るかはわからないが、いつかは来るだろう。
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(説明)We use “could” to say that something is possible now or in the future.
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(訳)現在または未来において起こりえる物事を表すときに使います。
1つ目は過去を指している文。can の過去形として could。
2つ目は現在を指している文。1週間だって寝ることができるよ(実際には無理だろうけど)、と言っている。
3つ目は未来を指している文。きっと来るよ、と言っている。could の「きっと」は確度がそれほど高くないはずなので、彼が来るかは分からない。
助動詞は難しいという話 #
時制に限らず、could の使い方は許可だとか提案だとかいろいろある。また、助動詞はほかにも腐るほどあるわけで、もうだんだんなんだかよくワカラナクなってくる。
文法書や辞書を隅々まで調べ、時間をかけてみっちりと勉強することも1つの手である。しかしながら、不明点はあれどいまはひとまず先に進むことにした。今後、英語にたくさん触れる中で、助動詞の細かい使い分け方がわかってくる部分もあるだろうと思う。ただし、決してブロークンイングリッシュで良いと思っているわけではないので、最終的にはちゃんと理解を済ませたい。
「始めに言葉ありき」で「そこから文法が生み出された」という話 #
そもそも順序的にはまず言葉(会話や文章)が使われており、それを分析した結果作られた言葉のフレームワークが文法である。
話は飛躍するが、2008 年にインドでコロ語という未知の言語が発見された。そして 2018 年にはマレーシアでジェデク語という未知の言語が発見された。いずれも話者は 1,000 人に満たない小規模な言語であり、おそらくその話者らの間に、なにか客観的な“文法”という概念は存在しないと思われる。
それらの言葉から文法というフレームワークを作り出すのは言語学者たちである。言語学者たちは、未知の言語を分析し、言語構造を明らかにして文法をまとめあげる。
従って、やはり「始めに言葉ありき」であり、文法はそこから生み出されるのである。
…と話がまとまりかけたところでもう1度、今度はまったく関係ない話に飛躍するが、「未知の言語が発見された」という表現について少々引っかかった。確かに我々からすると「未知の言語を新発見」かもしれないが、当の話者からすると身勝手に何を言っているのだ、という話であろう。あるいは逆に、彼ら彼女らのコミュニティ内では、「“英語”なる未知の言語を話す人々を新発見」というニュースが流れたのかもしれない。
…話を戻すとして、フレームワークを理解することが言葉の習得への近道になることは間違いなく、文法は重要である。ただしそれがすべてではない。ただ文章や会話に触れるということも同様に、いやそれ以上に重要な学習である。
終わりに #
まあ要するに、理解しきれないことに対する言い訳を述べているだけです。助動詞の供養のために、この殴り書きを残しておくことにします。